甘々(餡黴餡
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「ボクの身体はきっととても甘いからお食べよ」


そう言って奴は腕を伸ばしている。

その服に隠れる腕が嫌になるくらい美味しそうだと思った。


壁に背を預けている奴に近付く。伸ばしている腕を掴み、袖をたくしあげ、血液の流れる腕にがぶりと歯を立てた。肉が食い込み、他の人よりも若干鋭い八重歯で噛み切ろうと試みる。

その内ぷつりと柔らかな皮が破け、血液が流れ出る。口に広がる味は鉄の味ではなくて、甘く甘味なモノだった。零れ落ち無いように咬みながらじゅるりと喉に流し込み、その味を堪能する。

チラリと奴の顔を見れば幸せそうに俺様の頭を撫でて、「もっとお食べよ」と云わんばかりの顔をしていた。

(…ムカつく)

一端口を離し、傷口から流れる血液を舌に絡ませ、もう一度…今度は容赦無く歯を深く突き立てる。また一つ新しい血液が流れ出し傷が出来た。甘いあまいとても甘い。

身体の中に浸透し、自分の身体の一部となり、そして一つになるような…そんな馬鹿げた思考が頭を巡る。

(あ〜、今なら吸血鬼の気持ちも判らんでもない…判りたくねぇけど)

気に食わなくて気色悪いと頭のどこかで訴えても、これを…この行為を自分しかやっていないと感じるだけでひどく満足してしまう。…そんな倒錯的な考えが自分の胸の奥から沸き上がった。今だに笑う奴の顔をどうにかしたい。

(余裕なんか無くなればいい苦痛に顔を歪ませる表情を見せて魅せて俺様にしかしない表情をもっと沢山あぁこんな事考える自分が気持ち悪りぃな食べたら吐こうそうだそうしよう)

少し口端をあげ皮の剥がれた部分を咬んでゆっくりと引き剥がす。肉と皮が剥がれる痛みよってなのか、奴は少しだけ腕を引いた。その腕を逃さない様に両手で強く掴みお構いなしの行為を続ける。

少しずつ、赤いイチゴジャムの様な肉が姿を表した。


「…ねェ?…とっても甘くて美味しそうでしょ?」


奴と眼が合う。満足げに笑うものだから、わざと手で皮の剥がれた肉を引っ掻き激痛を与える。床に落ちる赤い血液が勿体無いなんてそんな事は考えない。

まぁ、今の奴にこれをやっても意味が無さそうだけど。


「ぃ…ダメだよ…爪にこびり付いたのも食べてくれないと…ほらあ〜ん」

「……マゾヒスト」


予想的中。意味は無かった。
爪の隙間にこびり付いたしまった肉は、鬱陶しかったので仕方なく舌を使いながら取り出した。気持ち悪いくらいに甘いが、嫌いにはならないお味。それがクセになるって言ったらその時点で末期だろう。

(…俺様は全然食べたいとは思ってない。奴が食べろって腕を差し出してきたから食べてるだけであって、衝動的に食べたいなんてそんな精神的にアブナい人間ではない。…それでも人の肉を食べるのは異常だろうか?うるせぇ黙れ黙ってくれコイツは餡パンなんだから)

そんな考えを察したのか、奴は自分の腕に滴り落ちる血液を指ですくい上げペロリと舐める。


「う〜ん…やっぱり本来が餡パンだからかなぁ…人間の姿になってもボクの身体は人よりも格別に甘いんだ。案外イケる味でしょ?」

「…アホか。俺様はお前の血肉なんか好きじゃねぇ。仕方なーく食べてるだけだ」

「え〜、そう?…とても美味しそうに食べてるよ」

「眼科行った方がイんじゃね?」


や〜だ、そう言いながら奴は再度俺様の頭を撫でる。時折髪を弄ってみたりと退屈しのぎにやっているようにも見えた。

腕を払うのも面倒だったから何も言わずに俺様はイチゴジャムの腕にかぶりついた。
今度はちゃんと肉が千切れた。
ブチブチと筋肉やら血管やらが千切れる音を発て、なんとか肉を口に含み、口の中で肉が砕けるまで噛む。噛めば噛むほど甘く、濃厚な味が広がり嫌気が差した。

(ホント…嫌な味なのに…腹立つな〜)

もう一口…含もうと口を開きかけた。だが噛めなかった。奴がやんわりと腕を振り解き、俺様の顎を掴んで上を向かせたから。腕に伝う赤い血液が服に、そして床に広がる。


「…おい、俺様まだ食べ始めたばっかだぞ?」

「あはは、口の周りが真っ赤っか。そんな夢中になってくれたの?嬉しいなぁ」

「…は?なってねぇよ」

「嘘はいけないよ?ほら、綺麗にしてあげる」


奴の顔が近付き、口の周りにびっしり付着した自分の血液を舌で丹念に舐めとる。綺麗にと言いながらも逆に顔がべた付く気がしてならない。吐息が鼻をくすぐる。吐息すら甘い…錯覚だ、きっと気のせいだ。


「ふふふ……あ、ついでに口の中も…。はい、またあ〜んして」

「…オイ、また口ん周り汚れんだから意味なっ…ぃ!」

「…、…ん〜?…」

「ん゛ー!」


案の定口を塞がれた。いや、強引に洗浄させられてる。奴の舌を噛もうにも親指を口の中に入れられてるから噛むに噛めない。丁度八重歯の所に親指があるから容赦なく顎に力を入れる。

一方的にやられるのは気分的に良くはない。だから僅かな抵抗をしたって良いだろう。

ブツリと八重歯が親指に刺さり、親指がピクンと動いた直後、そこからまた血液が流れて口の中を汚していく。

深く刺さったからだろう。意外にも多量の血液が口に流れてくる。


「ん…大人しくしないとダメでしょ…終わらないよ?」

「うるへー!っげほ!…んんっ!?」


まるで媚薬だ。
口腔を貪られ、息苦しく震える身体をもう片方の腕で支えられ、奴に預ける形になった。

水音がやけに耳に広がっている。

血液は止まる事なく俺様の口の中を汚していき、甘過ぎる味と行為に脳髄からふやけてしまうそんな感覚が襲ってくる。

(駄目だ、クソ。なんで俺様がこんな事になんなきゃいけねぇんだよ。ヤメロ、馬鹿やろう)

目眩がする。立ち眩みをしてしまう。顎の力が抜けて咬んでいた親指はいつの間にか抜かれた。その手で頬や眉…耳を触られている状況だ。

そして角度を変え深く奥へと侵入されるキスに変わっていた。

どんだけ長くスんだよ。


「ふっ、…ぇ…んぅ…んー!」

満足したのか知らないが、奴は唾液を俺様の口に注ぎ込み、唇をゆっくり離した。その時に唾液と血液が混ざった糸が俺様の口端に垂れた。最終的に口の中は血液やら唾液やらで最悪じゃねぇか。


「んー?………っはい、今の状況で口の中を掃除しても意味ないね。諦めるよ…ご馳走様でした」

「はぁ〜…ぅ、けほっ…。…チッ……死ね!貧血で倒れろ!!いきなり何スんだ!死ね!」

「…だってキミを見てたら美味しそうに見えて…ボクでも食べれるんじゃないかと…つい、ね」

「っやめろ!貴様の場合はそんなの意味ねぇだろ!…俺様の顔前より酷くなってんだろ!?血がべっとり付いてる気が…いや、べたついてるな確実に!!口の中も最悪だ!!」

「お似合いじゃん」

「似合いたくないな〜!」


奴は溜め息をこぼし、ポケットから白いハンカチを取り出して丁寧に俺様の顔に付着した血をぬぐい取る。

(最終的にハンカチで綺麗にしてんじゃんと言うツッコミは敢えてしないでおこう)

白いハンカチはポケットに戻せない程汚れたので床に落とす。血液を吸い取ったのもあって、床にベチャリと落ちた。床から目線を変えれば奴と目が合い、一拍置いてから奴は口を開けた。


「ねぇ君の腕を食べさせてよ」


何を言うかと思ったらコレだ。こんなんでよく心の優しいみんなのヒーローになれたな。俺様には考えつかねぇわ。


「……冗談じゃない、お断りだ」

「ボクさ、考えてたんだけど…カレーパンマンのお味はやっぱりカレー味かな?ショクパンマンは均等になるように切って、トーストで焼いたら美味しいかな?あ、そこにチーズをのっけるのもアリだよね?メロンパンナちゃんはふっくらしていて甘い感じがすると思うけどどうだろ?ロールパンナちゃんもきっとバターの味が広がって口の中でとろけるような味になるんだろうね?」

「………おいおーい」

「そこで気が付いたんだけどさ、君は黴菌じゃないか。だから味も最悪で口に入れたら直ぐ吐き出してしまう位に不味くってウイルスとかが」

「ストップ……食べた所で独りぼっちだぞ」


つらつらといつもの笑顔で言うものだから、両手で口を塞ぎ話を遮った。

唇は温かいのに、その唇から紡ぐ言葉はなんて冷たいのだろうか。


「食べても一つになんかならねぇぞ?貴様は食事をしたことが無いから判んないんだろうが。食べた物は栄養となって体を巡る…が、いずれは消えちまうんだ」

「…?」

「ずっとその栄養が体を巡ってたら、体は衰退する事はないだろ?…って言っても貴様にはわからないんだろーな。ご飯を食べなくても生きていける体だし」


楽で良いよなぁ〜なんて言ったら両手で口を押さえていた手を握りかえされた。片方だけ流血しているので、俺様の白衣の裾を赤黒く染め上げた。クリーニングに出したら綺麗になるだろうか…。


「ご飯はとても美味しそう。けどボクは見てるだけで満足しちゃうんだ。みんながご飯を食べてる所をみると…とても幸せな気分になる…満たされるんだ。」

「ふ〜ん」

「だから多分、みんなが食べられている所を見ても、不思議と満足するかも知れない」

「そうか」


(仲間が食べられている所を見ても…そんな事を考えるのか?)

だが、こいつは本気でそう思っているんだろう。目が笑ってない。


「勿論、ボクが食べられている所を見ても幸せになるよ」

「今の状況か?」

「うん、そう!……けど」

「あ?」


奴は唇を強く咬み顔を俯せた。顔を見ようにも、無駄に跳ね伸びている前髪が邪魔で表情も判らない。

仕方なく目線を腕に移せば、咬み千切った傷のある部分からとめどなく流れる血液。

(そんな強く握るな。貴様の腕を食べた箇所から血が噴き出てるぞ)

「…なぁ…おい、何が言いたい?」

「………もしも君が食べられている所を見たら、きっとボクはソイツの事を許しはしないよ。絶対に」


俯いたまま、そんな事を言ってきた。呆れて物が言えない。黴菌の俺様を食べるなどと…どんだけマニアックな輩なんだか。
溜め息を付いて髪で隠されている奴の顔を見る。


「…そんな事かよ。馬鹿だろ」

「心配してるんだよ。バーカ」

「はっ、そんなもんありがたメーワクだ」


顔を上げれば涙目になっている奴の顔。

くしゃりと…奴は笑みを零しつつ、瞳の奥に隠される真っ暗闇を覗こうと試みても…それを覗く事は難しいだろう。

だから俺様は何も言わずに奴の腕を食べる。

咽せる位に甘い香りは、苦い毒の味を隠す為のシロップのように執拗に絡ませ甘い香りを漂わせている。

その甘い香りに騙されているなんて気付く事なく、ゆっくりと徐々にその香りのする方に顔を近づけ口を開く。

一口食べれば甘い香りに隠された苦い毒が姿を表そうとする。だがまだ気が付かない。

飲み込み、胃にたどり着いた時にはもう手遅れ。栄養を分泌しながら毒と一緒に身体全体に巡り渡る。

もう一口。また一口。


「ボクの栄養が無くなったら教えてね」

「…黙れ」

「また差し出すからさ。ボクがキミの栄養になってあげるから」

「…」

「吐き出しちゃダメだからね」

「…」

「じゃあこれでキミの中にずっとボクが。ボクがキミを助ける事が出来るね」

「…ばーか」


(白い物体が見えてきた。じゃあ其れをコトコト煮込んでスープに…なーんて、そこまでイったら只の異常者だろうな。何故だろう…それも良いと思う俺様が居る。消えろこんな思考はいけない気がする)



「これでボクの栄養の虜になるかな」


(あぁ〜あ。旨くなんてねぇのに食べたら吐こう吐くんだ……吐け)


「片方の腕も食べるかい?」


幸せそうに奴は俺様の目の前に腕を差し出した。







かぷり
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